太陽のような少年だ、と。そう彼を評していたのは誰だったか。
事実彼の名前は、とある世界の言葉で“太陽”という意味らしい。
初めて見た時はガーランドも似合いだと思った。
終わり無い闘争の中でも、彼は常に笑い、仲間を励まし、引っ張り続けていた。
夢想。
その残酷な呼び名の意味を、おそらくガーランドだけが知っていただろう。
幾つもの意志が時の鎖を解き放とうと奔走する中、その果てに待つのはあまりにも無慈悲な結末。
もしこの青年が知ったならどうなるだろう−−と、思った事が無いわけでは、ない。
今、答えは形となって目の前にある。
「ガーランドって言ったよな、あんた」
何故彼がここにいるのだろう。カオス陣営の者ですら滅多に近づかない、混沌の果てエリア。
カオスの玉座の間までどうやって辿り着いたのか。それもたった一人で。
確かに今神竜もカオスも不在。警備は手薄だったかもしれないが。
「わしに何の用だ、小僧」
どうやって此処に来たのか?それは尋ねるだけ無駄な気がした。
ゆえに簡潔に用件だけを求める。
もし彼が“そのつもり”で現れたなら、真っ向から叩き潰せばいいだけのこと。
仮にもカオス軍をまとめる長。腕っ節で負けはしない。
ん〜、とティーダは悩む様子を見せ。
「特に用があるわけじゃ、無いんだけどね…」
とのたまった。
「ただ、話をしてみようと思っただけッスよ。カオスもコスモスも関係なく、全員と。
今まで殆ど話したことない人もいたしさ」
何だそれは。ガーランドは呆れ果てる。
ここが敵陣のド真ん中だと分かっているのかいないのか。
「できれば今回戦いはナシの方向でお願いしたいッス。
ま、そうなったらこっちは全力で逃げるだけだけど、それじゃあ来た意味無いし」
「逃げられるとでも?」
「真正面からの戦いならアンタの方が強い。でもま、俺が勝つ方法もあるって事ッス」
ニッコリ笑う太陽。その笑みは子供のように奔放で無邪気なものだが。
逃げる、とはよく言ったもの。
この策士め、と、ガーランドは皇帝達以外に使った事の無い言葉を言う。
確かに真正面からサシでの勝負なら、ガーランドが勝つ。
しかしスピードはティーダの方が遥かに上なのだ。撤退戦になったらどう頑張っても自分は彼に追いつけない。
加えて。この場所はカオス軍の者達すら忌避するほど闇が深い。他の者達の援軍も期待できない。
もしも彼が、そこまで見越して自分に逢いに来たのだとすれば。
「とんだ狐だな」
何も考えてなさそうな顔して、馬鹿な子供のフリして。
まったくとんでもない猫被りである。
「誉めてくれてありがとッス〜!」
一見KYにも見える口調。しかし、これも計算づくなのかもしれない。
読めない。この青年の考えが。
「何故そんな事を思い立った?話の通じる相手だとでも思ったか?」
「通じないって思う方が分からないッスね」
前にセシルから聞いたんスけど、とティーダは言う。
「エクスデスって人が言ってたって。秩序も混沌も、根は同じって。現に、神様の駒は一定じゃないし」
「!!」
俺の親父、元はこっち側だったんでしょ?
その言葉に驚愕するガーランド。何故彼がそれを知っている。ジェクト本人すら覚えていないような事実を。
「変わらないんスよ。たまたまどんな感情を遺して死んだか、どちらの神に見初められたか…違いなんて、その程度。
現にほら、俺みたいな半端モンが混じってる」
自嘲。それは全てを悟った者の笑い方だった。普段子供っぽい彼らしからぬ−−大人びた笑み。
「アンタの言いたい事、当てようか」
「……」
「今の俺、多分あんたが知らない事まで全部知ってる」
疑問を抱く物言い。
ガーランドは眉をひそめる。全部知っている、なら分かるのだ。しかしその言葉はまるで。
自分にも知らない“真実”があるようではないか。
そんなはずはない。自分は一番最初に、監視者として召喚されているのだ。
神々と二人の従者を除けば唯一、支配者たる神竜に謁見する事が赦された身。
そして神竜の目的が何かも自分だけが知っている筈だ。
「目的と、理由って同じッスかね?」
ドキリとした。まるで思考を読まれたかのようで。
「一つだけ教えてあげる。多分、この世界で最大の被害者はアンタだから」
「何?」
「契約者の“三人”や巻き込まれた人達も相当不幸だけど。
一番の地獄にいたのはアンタだろ。最大の被害者で、加害者だ」
ああ、そうだ。認めたくなくとも、本当は気付いていた。
自分が惨めな存在だと思いたくなくて否定していただけ。
ここは閉じた世界。永遠に続く迷宮。
知った者達はあがき、されどガーランドに出来たのは、彼らを哀れみながら傍観する事だけ。
とうに知ってしまっていたから。この迷路に出口など無い、と。
あの部屋に鍵をかけたのは誰?
自分達をこの世界に閉じ込めたのは誰?
探しても、探しても、鍵を見つける事は叶いません。
何故ならこの場所には最初から、窓も扉も存在しないから。
彼らは知らないから憐れで、惨めで。
それでも存在しない扉の鍵を捜す姿は滑稽で−−苦しくて。
「馬鹿な、事を」
そう絞り出すのが精一杯だった。
認めれば負けだ。負ければその先に待つのは、絶望すら無い完全な無。
そして“無”に耐えきれなかったからこそ、自分はこの場所に墜ちたのだ。
「そう思いたいなら、どうぞご勝手に」
対してティーダはあっさりと言い放つ。別にこんな話に大した意味など無い、と言うように。
「もし、アンタが俺の計画を邪魔したら。
こっちも容赦しない。どんなテ使ってでも、全力で叩きのめすッスよ」
「大した自信だな」
「自信じゃない。決意ッス」
俺がそうするって決めたから、他に未来なんてない。存在させない。
普段より低い声色に、ガーランドは背中が冷たくなる。
「そもそも……うちのリーダーとオニオンに、あんな真似したあんたを、俺は赦してないし」
やはり、そこまで知られていたのか。予想はしていたが、少々きつい。
その話はガーランドが握っている数ある秘密の中でもトップシークレットに位置する。
本来なら知ってしまったティーダを、生かして帰す理由はない。
でも。
「……その話について、言い訳はせん。どんな理由であれわしが騎士道に反する事をしたのは事実だからな」
今、それが出来る気がしない。認めざるおえない−−自分はこの青年に、気圧されていると。
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