君の見る世界は
何色なのかな?
秘密の言葉で
教えてよ……
-桜-
朝。
ベッドから顔を出したファフニールは、側で丸まっているマテ
ィウスにすり寄る。
その目にはうっすらと涙が浮かび、尻尾は小刻みに震えていた
。
「どうした?ファビィ……。」
目を覚ましたマティウスが、優しくその頭を撫で、唇を舐める
。
ファフニールは相変わらず震えながら、マティウスにすり寄っ
ていた。
「怖い…夢見たの…赤いよ…赤いよ……。」
「赤い?」
「ぐるぐる…ぐるぐる…赤いよ…赤いよ……。」
「ふむ……。」
ファフニールは、たまによく分からない事を言う。
具体性に欠けた、単語の繋ぎ合わせだが、そこは元マティウス
の半身、マティウスには何となく意味が分かるのだ。
「毎日毎日、血で血を洗うような戦い、そんな夢を見たんだな
?」
「うん……。」
「そして、その夢からなかなか抜け出せずに繰り返されていた
のだな?」
「……うん。」
「そうか。それは恐ろしい夢だな。だがもう大丈夫だ。私が側
についてる。夢はもう終わったんだ。」
「…もう見ない?」
「楽しいことを考えて眠るんだ。大丈夫だ、私が側についてる
。」
マティウスが優しく背中を叩いてあやすと、ファフニールは甘
えるようにマティウスにすり寄った。
最近、ファフニールはよく同じ夢を見ると言う。
内容はいつも大体同じで、聖戦の夢。
毎回毎回、両軍共に壊滅、そこに天変地異、時間の巻き戻し、
その繰り返しが目覚めるまで続くのだ。
ファフニールには刺激が強過ぎるのだろう。
寝不足がたたって、目の下にはクマが出来ていた。
「ファフニール、大丈夫なのか?」
シャワールームから戻って来たフリオニールが、髪をタオルで
拭きながらマティウスに尋ねる。
マティウスは、溜め息をついて答えた。
「あまり良い状態では無さそうだ。誰か、夢や何かに詳しい人
物が居れば良いのだが…。」
フリオニールは、即座に一人の人物を思い浮かべた。
「ティーダなら分かるんじゃないか?
確か、ティーダの種族は夢獣〈バク〉だってスコールが言って
たぞ。」
「夢獣…?」
「夢魔の獣版らしい。あ、見た目は一定じゃ無いらしいから、
同じ夢獣でも姿形は人によって違うんだそうだ。」
確かに、ティーダが獣の姿を取る時、それは獅子に似た生き物
となる。
バクと聞いて鼻の長い白黒の生き物を連想していたマティウス
だったが、どうやら思い違いのようだ。
「それなら、ティーダに聞いてみるとしよう。」
「あ、俺が聞いておく。マティはファフニールの事を頼む。何
か、俺にはあんまり懐いてくれなくて…。」
そう言いながら苦笑するフリオニール。
仕方ないだろうな、とマティウスは思った。
子供というのは、大抵母親に懐く。
まして男は、母親に良く懐くことが多いのだ。
男の子にとって父親は、母親の愛情を横取りする敵という認識
である事も多いので、ファフニールがフリオニールにあまり懐
かないのは必然かもしれない。
名前は良く似ているのに、と、マティウスは思った。
「おーっす!フリオニール、起きてるっすか〜?」
そんな事を思っていると、唐突に件の人物が姿を現した。
「ティーダ!」
「手紙、届いてたっすよ!」
「…手紙?」
フリオニールが首を傾げる。
そして、小さく“あ…”と声をあげた。
「並行世界の俺からだ!届いてたんだな!」
「ピンポーン♪ネクが届けてくれたっす。」
以前話をした並行世界の自分達宛てに、手紙とレコードを送っ
たが、まさか本当に届くとは思ってもいなかった。
フリオニールが封を開けると、そこには一枚の写真と便箋が入
っていた。
「うわぁ、生まれたんだ!可っ愛いなぁ〜!」
その写真には、幸せそうに赤子を抱く並行世界の義士の姿があ
った。
「皇帝…は、いないのか?」
「カメラを構えてるのが恐らくあの世界の私だろう。」
「なるほど。」
フリオニールはしばらくそうして写真を眺めていたが、思い出
したようにティーダに向き直る。
「そうだティーダ、ちょっと聞きたい事があるんだが…。」
「何すか?」
−−−−−−−−−
「あぁ…それ、多分鏡面夢っす。」
「鏡面…夢?」
ティーダは腕組みしながら答えた。
「並行世界のことは分かるっすよね?
並行世界で起こっていることを、夢で見てしまう現象っす。鏡
面世界に歪みが発生すると、その余波が他の並行世界に影響す
ることがあるんすよ。」
「それが、鏡面夢か…。」
「多分、何処かの並行世界で、良くないことが起きてるっすよ
。だから鏡面世界が乱れて、鏡面夢を見るようになるっす。
鏡面世界のことは、俺も良く知らないっす…。ネクに聞いてみ
るといいかも。」
ネクが何処にいるか尋ねると、大体この時間は第三居住地での
んびりしているという。
マティウスはファフニールと一緒にタオルに包まり、フリオニ
ールの懐に収められ、第三居住地を目指した。
−−−−−−−−
「…え? いない?」
第三居住地についた三人を出迎えたのは、やたらに軽いノリの
青年だった。
ティーダに良く似たノリの青年は、メロンパンを囓りながら説
明する。
「ちょっと前かな。凄い剣幕で鏡面世界に行っちゃったよ。
何かね、“俺の世界が汚されてる!”とか言って…。
あ、今の結構似てた?」
「いや…分からないが……。そうか。いないのか。」
「何か用でもあったの?」
フリオニールは、最近ファフニールが見る夢の事や、ティーダ
に聞いた話の内容を伝えた。
「あぁ〜。じゃあ、そのせいなのかなぁ。ネクがあんなに怒る
って事はさ、やっぱり良くない方向に向かってるんだよ、どっ
かの世界がさ。」
「そうか…。」
「どうせなら、一緒に行く?」
青年が最後の一口を堪能し終えて、伸びをしながらソファから
立ち上がる。
「しかし、鏡面世界には鏡面の主しか行けないのでは…。」
マティウスが首を傾げると、へーきへーき、と、青年が手を振
る。
「鏡面世界には入れないけど、並行世界には行けるんだな、こ
れが。
何処の並行世界か分かれば、先回り出来るって。」
「何処の世界かは分からないぞ?」
「大丈夫大丈夫!こっちには天照大神様がついてるから!」
なぁロクサス、と青年が振り返る。
つられてフリオニールが振り向くと、丁度飲み物を取りに来た
少年と目が合った。
何故かその後ろには、カルガモの雛のように並んでついて歩く
玉葱剣士が二人。ルーネスとアルクゥである。
「お前達、いないと思ったらここにいたのか…。」
「おはようーフリオニール。」
「俺達、今日から一週間、こっちでホームステイしながらミッ
ションやるんだ!」
「素材集めか……。」
フリオニールが見つめる中、ルーネスとアルクゥは相変わらず
モチャモチャと戯れ合いながら飲み物を入れていた。
「ロクサス〜。何かネクに話があるんだって〜。」
「またか…。」
「…また?」
フリオニールが尋ねると、ロクサスがジュースを飲みながら言
う。
「ついさっき、アルクゥが鏡面夢を見たばかりなんだ。それで
ネクの所に行ったら…。」
「行ったら?」
「ネクの所に、既にクラウドとスコールと…あと誰だっけ、あ
の竹の子みたいな兜の…。」
「…ウォル?」
「…っていうの?まぁ、何かやたら頑固な竹の子がさ、やっぱ
り同じような鏡面夢でうなされたらしくて。
我慢出来ないって言って、ネク、ヨシュア連れて行っちゃった
よ。確か、158番世界かな。」
「そんなにあるのか…。」
ともかく、その世界に起こる現象をどうにかしない限り、他の
世界にも影響が及ぶ。
ふと、マティウスが不安そうに呟いた。
「鏡面夢…あの義士に何の影響も無ければ良いが……。」
「確かに、赤ちゃん産んだばかりみたいだし…ちょっと心配だ
な。」
かと言って、今あの世界に自分達が行けば大混乱間違いなしな
のだが。
「とにかく、これ飲んだら行こうと思ってた所だし、一緒に行
く?」
「あぁ。ファフニールがこんなだから、早めに対処したいんだ
。」
そう言って、フリオニールがタオルの中から紫の蛇を見せる。
ファフニールは、ウトウトしながらも、やはり熟睡には至って
いないようだった。
ロクサスがそっとその頭を撫でると、怖がったファフニールは
マティウスに縋り付いた。
「イタチ怖い!イタチ怖いの!」
「大丈夫だよ、食べたりしないから。……今は。」
「〜〜〜〜〜!!!」
「ちょ…冗談キツいから止めてくれ……。」
フリオニールにも以前、兎肉と宣ったことがあるロクサスは、
ケラケラと笑っていた。
それを見ながら、玉葱剣士達も楽しそうにしている。
「じゃなくて!行くなら早く行こう。ファフニールが心配だ。
」
フリオニールが話を線路に戻す。
ロクサスが手を翳し、闇色の靄を作り出した。
「よし。行こう。」
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